2012年3月1日木曜日

誰が少女の血中空を殺した

東方バトルロワイアル - 誰がために鐘は鳴る(前編)

誰がために鐘は鳴る(前編) ◆gcfw5mBdTg



 二度目の放送が魔理沙達の元へと届いた。

 悪趣味な扇動と脅迫は一度目の放送と同様。異なるのは死者の数と名前。

 数は六名、前回の半分以下。
 死は喜ぶべきことではないとはいえ、前回から大幅に減ったという事実は魔理沙達の心を幾許か癒してくれた。

 だが名前は魔理沙達を癒してはくれなかった。

 魂魄妖夢。
 事前に知っている故に、覚悟は出来ていた。
 それでもやはり思い出してしまう、想像してしまう。

 スターサファイア、魂魄妖夢、西行寺幽々子。
 三人の生き様を、末路を、行く末を。

 そしてもう一つ。
 霧雨魔理沙にとっては、妖夢の他にも聞き逃せない名前があった。

 アリス・マーガトロイド。

 霧雨魔理沙の友達。
 魔法の糸を繰り出し、数々の人形を操る七色の魔法使い。
 種族は違えど魔理沙と同じ魔女であり、魔法の森に棲む魔理沙のご近所さん。
 犬猿の仲であったが魔理沙との交流は数多く、永夜異変、地霊殿での異変ではコンビを組んだりもしていた。
 故に、魔理沙のショックは相当なものだった。

「……魔理沙」
「魔理沙、大丈夫?」

 足が止まった魔理沙を見かねたのか、藍とフランが心配そうに声をかける

「……悪い、心配かけたな。
 二度目だ、覚悟はしてたさ」

 自らの心臓の鼓動がドクンドクンと鼓膜に響く。
 覚悟はしてたのになんて有様だ、と魔理沙は自嘲する。
 呼吸を整え、振り払うように顔を上げ、足を前へと動かす。
 心の整理には時の癒しが必要と判断したのか、藍とフランドールは心配そうな顔を向けながらも会話を打ち切った。

 …………。

 魔理沙達がしばらく歩くと魔法の森が見えてくる。
 魔法の森と平原の境界線へと近づいた時……魔理沙と藍は、見覚えがあることに気付いた。
 魔法の森だからというわけではない。
 数時間前、二人はここに来た、それだけの話だ。

 魔法の森の入り口付近には自然物以外にも、小さな物がたくさん、ゴミのように転がっていた。

 内訳は、地雷に、無数の小さな鉄球に――人間の肉片、血液、衣服の切れ端。

 後者三つの持ち主は――霧雨魔理沙。
 此処は、地雷を踏んだ魔理沙を助ける為に藍が蓬莱の薬を飲ませた場所だ。

「…………ここからは私が前に出よう。地雷が一つとは限らないからな。
 単純な調査で私が見逃すことはないはずだが、万が一を考慮して私と少し距離をとっておいてくれ」

 藍は言葉通り、魔法の森へ足早に歩いていく。
 魔理沙に薬を与えたことをいまだに悔いているのか、顔色は良くない。
 本人が助かった、気にしないと言っても、気にしてしまうのが藍なのだろう。

 藍との距離が離れ、魔理沙がそろそろ追従しようかという頃。
 不安そうな表情を浮かべたフランドールの声が魔理沙を止めた。

「……これ、魔理沙の……よね。
 魔理沙は人間なのにこんなに血を失って大丈夫なの?」

 フランドールが不安がるのも無理はない。
 吸血鬼であるフランドールには、隣を歩いている魔理沙が周囲に散らばる残骸の主ということが理解できる。
 友達の身体が散らばっているというのは、誰でも背筋が凍る光景だろう。

「ちょっとしたことから人間をやめてな。ほら、このとおり、健康だぜ」

「吸血鬼みたいなもの?」


あなたはどのように強力にすることができます

「んー、フランみたいにお日様が苦手なわけでも血を吸うわけでもないからちょっと違うな。
 といっても私も詳しくは知らないんだけどな。とりあえず本来なら不老不死になるみたいなんだが」

「……それでも魔理沙は死ぬのよね」

「……だろうな。
 私と同じ立場の奴も名簿に載ってるし、そんなにほいほい死なない奴が生まれたら殺し合いにならないぜ」

 魔理沙は、地面に散らばる小さな鉄の球をひょいと拾い上げる。
 鉄球に付着している乾いた血と肉片に、ごくり、と唾を飲む。

 魔理沙は蓬莱の薬を飲んだことを後悔はしていない。
 今、この場に魔理沙が立っているのは間違いなく藍の功績である。
 コンティニューの権利を与えてくれた藍は恩人であり非は一切ない。
 魔理沙は本心から感謝している

 だがそれでも、時折考えてしまう。

 不老不死とはどういうものかを。

 魔理沙は元々、魔法使いに昇華することによる寿命の増加を望んでいた。
 更なる魔法の研究、そしてまったく変化を見せない長命の隣人と肩を並べる為に。

 不老不死はそういった魔理沙の願いを内包している。
 だが……不老不死には限界がない。

 いずれは研究する魔法も尽き、長命の隣人は魔理沙より先に逝く。
 それだけでなく幻想郷の全てが歴史の激流に揉まれ、いずれは消えていくのだろう。

 振り返っても、誰もいない、何も無い。
 ただ自分がいるだけの変わらぬ毎日。
 永遠の中、許されるのは前進のみ。

 そんな環境に置かれた時、どうなるのだろう。
 魔理沙は、考えるべきではないと分かっていても、考えずにはいられなかった。

「……魔理沙」

 フランドールの声に、思考に埋没していた魔理沙は現実に回帰する。
 魔理沙が慌てて周りを見渡すと、既に藍は随分と先に位置し、魔理沙達を待っていた。

「悪い、そろそろいかないとな。
 ああ、フラン、地面の怪しい物には気をつけろよ。私みたいにはなりたくないだろ」

「……ええ、そうね」

 フランドールと魔理沙は藍に追従する。
 三人は妖怪と人間の境界を通り抜け、魔法の森の暗がりの中へ溶けていく。

 …………。

 魔法の森は、人間ならば誰しも近寄ろうとは思わない森である。
 背中を不意に撫ぜる風、森林特有の湿気、鬱蒼と茂る不気味な樹木、道なき道。
 見上げるほどの高さの木々の連なりが、天蓋の役割を務め、太陽光は一切合財遮断され、夜でも昼でも晴れでも雨でも魔法の森は薄暗い。
 太陽光の代用は光る茸などによる頼りない光のみであり、今も真昼だというのに周囲は非常に薄暗い。

 魔理沙達は足元に気をつけながら魔法の森を歩いている。
 頭上だけでなく地上にも植物が密生しており、藍が歩きやすいルートを選んでいるが、それでも三人の歩みは遅い。

「なぁ、フラン……体調でも悪いのか?」

 魔理沙は、すぐ後ろを歩いているフランドールを心配そうに声をかける。
 魔法の森に入ってから、フランドールは、心、此処にあらずといった様相を見せ続けていた。
 だから魔理沙はさっきから数回声をかけているのだが、返ってくるのは曖昧な返事のみ。
 今回も返事には期待せず、フランドールの様子を見つつ歩いていると。

「……ねぇ、魔理沙」

 後ろにいるフランドールから魔理沙に声が届いた。
 魔理沙は予想外の返事に驚きながらも振り返る。


ライダーカップトロフィーのトップ

「霊夢に会ったらどうするの?」

 魔理沙は、フランドールの言葉に困惑しながらも返答に躊躇はない。

「――止める」

 考えるまでもない。
 答えは、一つしかないのだ。式など後から付け加えればいい。

「どうやって?」

 フランドールが真面目に追求する。

「……できれば話し合いだけで済ませたいな。
 でも……無理だ。あいつはもう止まらない」

 魔理沙は霊夢の瞳を思い返す。
 リグルを殺した直後にもかかわらず、揺れることのない停止した瞳。
 会話を試してみても、結果には期待できないだろう。

「じゃあ力で押さえ込むの?」

 魔理沙は声には出さず、フランに首肯を返す。

「私より魔理沙のほうが理解してるでしょうけど、霊夢は強いわよ。
 魔理沙もだけど、人間なのに、吸血鬼とやりあえるなんて嘘みたい。
 とても手加減なんてしていられる相手じゃないわ」

 魔理沙も当然承知している。
 春も夏も秋も冬も。
 暇潰し、遊び、賭け、勝負、異変等の理由で、ずっと霊夢とやりあっているのだから。

「ああ、そうだ。それでも私は手加減する」

 それでも魔理沙の意思に変更はない。
 結果を前提としているのだから、変わるはずもない。

「……死ぬかもしれないのに?」

 真剣にフランドールは問いかける。

「……命にだって換えられないものはあるさ。
 しかも私は欲張りなんでな、全部欲しいんだ。
 友達も仲間も想い人も幻想郷も、どいつを失っても私は別に死にはしない。
 でも、どれかを失ってもいいなんて考えた時に、私は私じゃなくなるだろうな。
 フランにだってあるだろ、そういうのは」

 大切なものを失っていいと言ってのけるのは自分の否定だ。
 一度でも認めてしまえば全てを失う以外の道は無い。心で負けては何事にも勝ることはない。

 だが、そこまで決心している魔理沙にも、まだ悩みはあった。

 フランドールや藍を自分の我侭に巻き込んでしまうということだ。
 一人で戦うと言っても許してはくれないだろうし、そのような無責任な行為は魔理沙も好まない。

 霊夢は強い。
 三人が全力を出しても犠牲が出るかもしれない、ひょっとしたら負けるかもしれない。
 それほどの相手だ。手加減は友達の、仲間の、死を招く
 しかし、霊夢を殺してもいいなど口が裂けてもいえるものではない。
 ジレンマに対し、霊夢と会うまでに解決策を出せるのか、それが魔理沙の悩みだった。

 魔理沙が考え込む中、フランドールが沈黙を破る。 

「……ええ、私にもいるわね」

 随分と遅れて返答したフランドールの顔付きは穏やかだった、不自然なくらいに。

「ならわかるだろう
 スターだって同じ気持ちだったんじゃないか」

 霊夢に意識を集中している魔理沙はフランドールの様子に気付かない。

「……そうね、そうかもしれないわ」

 そう言ったフランドールが憑き物が落ちたように、爽やかな表情だった。
 見る者を逆に不安にさせるような、笑みを浮かべていた。

 魔理沙はようやくフランドールの様子に気付く。
 フランドールの肩に手をかけようとする。

「――ばいばい。
 ごめんね、それと――ありがとう」

 だが一瞬速く、魔理沙の胸に衝撃が奔った。
 フランドールの掌打により魔理沙は突き飛ばされ、背後の茂みに頭から突っ込む。


なぜモンテカルロ有名なのですか?

 それと同時に、静かだった森に強い風が吹いた。
 魔理沙は肺から逃げ出した空気を補給しながら、急いで、茂みを掻き分け、起き上がる。

 だが……既にフランドールの痕跡はない。
 風で周囲全ての木の葉や茂みは満遍なく吹き荒れている。どこにいったのかはわからない。
 フランドールも魔理沙達が追いかけるのは予想済みだろう。簡単に分かるようにするはずがない。

「あっ、あの馬鹿……!
 藍っ! こっちにきてくれっ!」

 魔理沙も事態を理解した
 以前に魔理沙は早まるなと言った。
 フランドールは言う事を素直に聞かない少女ではない、通常ならば。
 ならば、今は、異常事態なのだ。
 そして突然の霊夢の話題と併せれば答えは一つ。

「……馬鹿は私だな。
 もう誰も、失ってたまるもんか」

 ◇ ◇ ◇

 舞台は同じく魔法の森。

 博麗霊夢は魔理沙達の数分後、魔法の森に踏み込んでいた。
 隠れる場所の少ない平原により離された距離を詰めるため、茂みに残る痕跡を辿り魔理沙達に追いつこうとしていた。
 返り血が尾行の邪魔になると判断したのか、いつもの巫女服ではなく白色の着物を着用している。
 身体の動きを邪魔しないよう至る所を切り裂き、普段の巫女服と形状を似せたものだ。

 …………。

 ふと、静かに歩んでいた霊夢の足が止まる。
 前方から音が届いたのだ。これは足音だろうか。
 距離は遠く、薄暗さも手伝い、姿は見えない。
 だが足音の具合からして徐々に霊夢に近づいている。
 博麗霊夢という灯火に誘われるように、来訪者の軌道に揺るぎはない。
 霊夢が足を止め、来訪者の足音をしばらく拝聴していると、徐々に姿が見えてくる。

 紅の洋服 流れる黄金の髪。
 小柄な体躯、特徴的な水晶の羽。
 薄暗闇の中、不気味に煌く、血のような真紅の瞳。

 来訪者を構成する全てが、霊夢の知る妖怪に一致する。
 悪魔の妹、フランドール・スカーレット。

 霊夢は心を揺るがさず、感情を覗かせない瞳のまま、フランドールに問う。

「……いつから気付いてたの?」

 フランドールは素直に質問に答える。

「ちょっと考え事をしててね、ここから西にある血に意識をすっごく集中してたの。
 そうしたら、そこに新しく血の匂いが加わった。生きた人間、それも私が知ってる血がね。
 あなたが怪我をしてなければ気付かなかったわ」

「風下ってわけじゃないのに……。本能ってやつかしら。
 で、わざわざ一人で来たのはどういうつもり?」

「魔理沙を巻き込んで万が一にも殺させるわけにはいかないし、あなたに逃げられたら意味はないからね」

 フランドールは日傘を仕舞い、双手の悪魔の爪を構え、尖り過ぎた視線を霊夢に向ける。

「ふぅん。あんた、変わったわね」

 霊夢は、腰元の鞘から妖気を伴った長刀を滑らかな動作で引き抜き、切っ先を前方へ向けて構える。
 真っ向からフランドールを迎え撃つ、そういった意思の表明。

「安心しなさい、コンティニューはさせてあげるから」

 フランドールの意思が、魔法の森の大気を揺らす。
 射手の令に従いフランドール周辺の虚空に顕現するはカラフルな小玉の軍勢。
 赤、青、緑、黄と、無数に無量に存在する小玉の華々しい弾幕が魔法の森の一角を埋め尽くす。


 フランドールは初手は弾幕を選んだ。
 理由は殺傷性の低さ。弾幕は元々よほど当てない限り死にはしない。
 捕獲を目的としているフランドールにとって、弾幕は本気で展開しても問題のない数少ない手段なのだ。

「私の人生にコンティニューなんてないわよ。
 今までも、これからも、ずっと変わらずに生きているんだから」

 気負いも怯えも感じられない堂々とした霊夢の返事。
 霊夢の返答と同時に、激しさ極まる弾幕が大嵐の如く襲い掛かる。
 弾幕は魔法の森に降り注ぎ、土草の上で掻き消えては、即座に中空に数え切れない花を咲かせ続ける。

 霊夢は花弁の大海の隙間を縫って悠々と歩く。
 本気とはいえ、所詮は制限で弾数が減少したイージーな弾幕。
 常人とは及び付かない経験と感覚を併せ持つ霊夢ならば、パターンを見切り、自らへ到達する弾幕のみを見極めるは容易。
 グレイズを続けながら虎視眈々とフランドールへと接近する。

 フランドールも不用意な攻撃がどのような結末を招くかなど、予測済みだ。
 通常の弾幕だけでは通用しない事など先刻承知。二段、三段と継続した攻撃を試みる。

 二段目、霊夢の右後方と左後方へ回り込んだ魔法陣から放たれる針状のレーザー。
 ターゲットは各々、左肩部と右脚部。
 霊夢は一本目を咄嗟に身体を捻り、二本目をステップで回避する。
 稼いだ隙は一瞬。それで十分と三段目を仕掛ける。

 三段目――スペルカード『秘弾「そして誰もいなくなるか?」』を用い、透明化したフランドールの突撃。
 注視せずとも違和感が浮き出る程度の脆い迷彩だが、この状況では十分。
 弾幕とレーザーによる援護と魔法の森の薄暗さと複雑さが、迷彩を実用化の域まで高めてくれる。

 不可視の弾丸と化したフランドールは弾幕の波の中を一直線に疾走する。
 自らが構築した弾幕だ。どのタイミングで道が開くかは熟知している。

 フランドールは地を這うように大気を切り裂き、一息で霊夢へ肉薄。
 対する霊夢はレーザーと弾幕に意識と体勢を逸らされ、視界にフランドールは見えていない。

 重さと速さを兼ね備えた拳を避ける為に与えられた余裕は、極僅か。
 幻想郷のパワーバランスの一角を担う種族は伊達ではない。
 いかなる技術も見られない、吸血鬼の速度と膂力に任せた一撃は参加者の中でもトップクラス。
 フランドールの爪、いや、拳は紅い軌跡を残しながら――鳩尾へ繰り出される。



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